2014年6月26日木曜日

2014年6月25日水曜日

幸いなるかな心の貧しき者よ、天国はその人のものなればなり
はじめに言葉あり、言葉は神なりき
明日のことを思い煩うな。一日の苦労はその日一日だけで十分である。


どんなに良いこともどんなに悪いこともいつかは必ず終わる。季節が過ぎるように。
だから、良い時も悪い時もそのときをよく味わっておくのがいいのだろう。
毎日を楽しく、出来るだけ時間を無駄にしないで過ごせたらいい。
時間を無駄に過ごす事は人生をすり減らすということ。ただ、無駄にしないように無駄にしないようにと思って過ごすのも良くないようだ。絵の中にも描き込まずにサラッと流すところも必要なように。




半世紀ぶりの展示

7月12日、およそ26年ぶりで絵を展示する。一年かけて17人の神父たちの肖像を描いた。鉛筆と色鉛筆、水彩とアクリル絵の具、木炭を使った。最初の頃は鉛筆だけ使って、さらに擦筆でケント紙が焦げるんじゃないかと思われるほど擦って色を出していたが、ここ数カ月は水彩色鉛筆を使うことが多くなり、擦筆はほとんど使わなくなった。だから最初の頃とは絵の感じが違っている。
水彩画が自分に向いているように思う。特に水彩色鉛筆は使いやすいし顔の陰影なんかは繊細に描くことが出来る。何とか人に見せられるものが出来たと思っている。
全部で25枚ほど。どうやって展示しようかとあれこれ考えている。
50代後半になってやっと自分の道が見えたと思う。ここから新しい人生を切り開くことが出来るかも知れない。

2013年10月27日日曜日

人生とは

「人生とは切符を買って軌道の上を走る列車に乗る人には分からないものである」(サマセット・モーム)。学生の頃、友だちから貰った年賀状の言葉。
モームの小説は読んだことはないが、この一言だけでも充分だ。モームの言う「人生」とは何だろう。小説家としての覚悟を言ったのだろうか。誰か若い人への人生訓として言ったのか。サラリーマンや安定した生活を求める人のほとんどはこの言葉に反感を持つと思う。列車に乗らずデコボコの道を行く人、自分で道を切り開く人、そういう人にしか分からないものだろうか、人生って。
安定した生活している人の作品なんか見たくない、という言葉もあるけど、どん底を一度は経験してみるのもいい、という言葉もあるけど。
「切符を買って軌道の上を走る列車」という言葉に何か「楽をして」とか「ズルをして」といった感覚があるからか。どこか人を寄せ付けない偏屈な人の言葉にも思える。
「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し、焦るべからず」は共感できるし、どこかに「みんなご苦労さん、明日も頑張ろう」みたいな思いやりを感じる。
どちらも時に思い出す言葉。

2012年8月28日火曜日

2012年8月18日土曜日

なぜ今まで絵を描かなかったのだろう。時間はいくらでもあったはずなのに。

年末に事務所を月島に戻そう。だいぶ不便になるがいらないものはすべて捨てて、一からやり直す。一からどころかマイナスからやり直すこと。
もう物を持っていても何にもならないからもう一度全て捨てる。パソコンとコピー機と書類だけ。仕事をして、空いてる時は絵を描いて、そういう生活をしないと。